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熊本地方裁判所 昭和27年(行)22号 判決 1955年6月07日

原告 宮川清広

被告 熊本県教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十六年六月二十一日附を以て為した原告の免職処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として「原告は大正十三年二月二十二日文部省の師範学校中学校高等女学校数学科教員免許状を授与せられ永く国内国外において教員生活を送り上海第二日本高等女学校教諭として同地に奉職中今次終戦を迎え同地における最後の邦人教員として学校関係の引揚業務に尽瘁し昭和二十一年五月八日引揚帰国したもので同二十三年二月二十八日附熊本市立花陵中学校講師を命ぜられ数学の教科を担当していたのであるが被告は昭和二十六年六月二十一日附を以つて原告が教育公務員としての適性を欠くとの理由により熊本県教育委員会規則第八号熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び体職規程第一条第三号に基き原告の職を免ずる旨の処分を為した。

然しながら右免職の処分は以下の如き理由により違法無効たるを免かれない。即ち(一) 原告は前記のように上海より引揚げ帰国後直ちに熊本県庁に出頭して帰国届を為すと共に出向手続を完了したので熊本県知事は出向慣例に従い原告を従前の二級官吏たる教諭の職に補すべき義務があるに拘らず、右義務に違背して原告を講師として任命したのであるが原告が講師として任用せられた直後昭和二十三年三月十六日を以て嘱託制度の廃止に関する政令が制定施行せられたためその指定期日である同年三月三十一日嘱託講師たる原告は自然解嘱となり国家公務員法附則第十条により同政令の指定期日を以て一般職の資格を与えられ当然二級官たる教諭の旧官職に復したものであつて現に県当局は爾後原告より毎月恩給基金の性質を有する県納金を徴収するに至つているのである。

仮に同政令の施行によつては原告が当然旧官職に復する効果は生じなかつたとしも其の後相次いで施行された人事院規則は右のように不当な任用を受けた原告を当然旧官職に復せしめる規定を含んでいるのであつて昭和二十四年一月十五日の人事院規則八―一第八、九項によれば結局原告は従前において同じような官職に任用された職員と同じ地位を保有するものと看做され且つその効果は現実に勤務についた日に遡つて生ずることとなり、又同年六月二日同規則八―九によれば原告は国家公務員法施行後六月を経過した昭和二十四年一月一日を以て従前の官職に任用せられたこととなり何れにしても原告が本件免職処分の為された当時二級官たる教諭の地位にあつたことに変りはない訳である。

従つて原告は官吏分限令第二条により同第三条所定の場合を除き意に反して職を免ぜられることなき身分保障を有したものであるばかりでなく、同条により職を免ずるについては都道府県職員委員会の審査を経ることが必要要件とせられていたものであるところ、本件においてその手続は全然履践されていないから同令に基き所定の手続を経ることなく前記教育委員会規則を適用して為した被告の本件免職処分は準拠法条を誤り必要な手続を欠いた違法無数のものと謂わなければならない。

(二) 仮に本件免職処分当時の原告の身分が二級官吏たる教諭に非ずして単なる講師に過ぎなかつたとしても原告を免職処分に附した準拠法である熊本県教育委員会規則は学校教育法施行規則第四十九条第五十条に基き制定せられたものであるところ公立中学校講師は教育公務員特例法の施行により地方公務員としての身分を有するに至る以前においては政府職員として国家公務員の身分を有し従前の例により官吏分限令による身分の保障を受けていたのであるから公立中学校講師助教諭等の分限懲戒事由を都道府県教育委員会の規則を以て定むべき旨の前記学校教育法施行規則第四十九条第五十条が規定はこれに後れて制定施行せられた国家公務員法中の職員の身分保障を定めた諸規定と牴触し当然失効するに至つたもので前記熊本県教育委員会規則はその制定の根拠を欠く当然無効のものと謂はなければならないので之に基く免職処分が無効であることも言を俟たない。

(三) 仮に以上原告の主張がすべて理由がないとしても原告は前記の通り文部省の師範学校中学校高等女学校数学科教員免許状を有する外昭和二十四年九月一日附で熊本県高等学校及び中学校の数学科理科二級普通教員免許状並びに昭和二十二年熊本県適格審査委員会による適格確認証を授与せられて居り精励恪勤いまだ職務に関し失態なく職務命令に違背したことがないのであつて何ら教育公務員としての適性に欠くる点は存しないばかりでなく、原告に何らか欠点があるとしても原告程の勤務振りの教員で適性を欠くものとして職を免ぜられたものは曽て無いから本件処分は当時すでに施行されていた地方公務員法第十三条の規定する平等取扱の原則にも違背し到底無効たることを免れない。よつてその無効であることの確認を求めるため本訴請求に及んだ」旨陳述し、被告の答弁に対し「原告の勤務状況に関する被告の主張は何ら根拠なきものでその挙示するような事実は全く存せず只原告の授業時間中一度だけ最後尾の生徒二名が無断で離席した事実はあるがこれとて原告が最終の授業時間を約十分間延長した際用便に立つたもので敢て原告もこれを咎めることをしなかつたに過ぎず何ら生徒の把握について欠くる点ありと為し得ないばかりでなく、むしろ原告の授業振りは当時これを参観した竹原正文校長より激賞を受けて居り原告が昭和二十五年八月中に行つた数学の夏期講習には同校長は特に原告に依頼して他校在学中の自己の子息ををこれに参加せしめている位で原告に学習指導力がないとの被告の主張は全く実情に反するものである。また原告任用の事情に関する被告の主張も著しく事実に反するもので原告は当初より県当局に対し外務省より出向の扱による補職を求め県当局が高給の本官として任用することを肯じなかつたため止むを得ず講師としての辞令を受けはしたが単なる花陵中学校事務補助者として任用せられたものでないことはもとより三年後には退職すべき旨を口約したというが如き事実は全然存しない。原告が任用当初竹原校長の懇請ににより事務職員欠員の期間臨時に事務を担当したことはあるがそれも約三箇月の短期間に過ぎず爾後本来の数学教科担当の教師として授業を担当して来たものである。思うに本件免職処分は原告が終戦後上海より引揚げるに際し同地の学務領事から外務省より出向の扱により希望の地方庁に補職方の申出を為すべき旨の指示を受けて帰国し直ちに熊本県庁に出頭してその旨を申述べ必要な手続を了したにも拘らず県当局は関係官庁の示達に従わず国の下級行政機関としての義務に違背し直ちにこれが受入れの措置を為さず遥かに時期を遅らせて講師として任用したこと、その後前記嘱託制度廃止に関する政令の施行の際は当然原告を二級官として発令の手続を為すべきであつたのにこれを怠り爾来原告を手続の上では法律上存在の許されなくなつた嘱託講師の地位に止めたまゝに放置しながら他面当然その身分を本官たる教諭に切換えたものとの前提のもとに原告より県納金を徴収するに至つていること等原告において県当局の職務怠漫事務粗漏の事跡を不服として指摘するところがあつたため被告委員会においてこれを隠蔽せんがため故ら不実の事由を構えて原告を罷免せんとしたものとしか考えられない」と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め答弁として「原告がその主張のように教員免許及び適格証明を有するものであること、戦後上海より引揚帰国したものでその主張の日熊本市立花陵中学校講師に任用せられたこと及び被告委員会が原告主張の日その主張通りの事由で原告の職を免ずる旨の処分を為したことはこれを認めるが右免職処分を無効であるとする原告の法律上及び事実上の主張は全部これを争う。

原告の任用から免職に至る迄の間の事情は次の通りである。

即ち昭和二十一年五月中原告は熊本県学務課に出頭し妻宮川クラと共に上海引揚教員として両名を中学校教員に任用せられたい旨願出たのであるが、当時既に五十三歳に達していた原告を採用することは県当局として人事管理上到底困難であつたから当初宮川クラのみを宇土町立実科高等女学校教諭に任用し原告の任用は見合わせることに決していたのであるが其の後原告は熊本市当局の斡旋を得てなおも任用方を求めて止まなかつたので同二十三年二月二十八日附其の頃事務職員が長期病欠中であつた熊本市立花陵中学校の事務補助者として採用することとし定員の関係上講師の名目を以て任用を発令するに至つたのである。以上の次第で任用に際しては原告にこれが異例の措置であることを十分納得させ三年後には必ず退職すべき旨を口約せしめている。尤も其の後一年にして同中学校には事務職員の配置があつたので退職迄の間一時原告を数学担当の教師として講壇に立たしめることとしたのであるが其の間の原告の勤務状態と言えば極端に利己的で他に対する協同融和奉仕の精神に欠け全職員と摩擦衝突し校内の平和秩序を攪乱し或時の如きは椅子を振り上げて同僚を殴打せんとして僅かに校長より制止せられるというような事態まで惹起したことがあり同じ数学教科担任の他の教師とも全く連絡協調を為さず生徒に対する関係においても学習指導及び統率の能力を欠き授業時間中屡々教室を脱出する生徒があるのにこれに気付かず生徒にその授業を理解させることができないばかりか疑問を訊さんとする生徒を本気で叱りつけるという風でその教育効果は全く挙らず生徒は原告の授業が終ると歓声を挙げて喜び原告は壇上に呆然としているという有様であつた。かような状態で生徒や父兄の信望は全くなく原告の学級担任又は教科担任は忌避せられ生徒の中には原告の授業を嫌い又その学力の低下を虞れるのあまり他校に転ずるものさえ現れるに至つていたのである。

以上の次第で被告委員会においては夙に原告は教育公務員としての適格を欠くものとの認定に達するに至つていたが原告に対してなおその体面を保たしむるため昭和二十六年二月末日に同年三月三十一日附を以て辞表を提出すべき旨及びこれに応じなければ免職処分に附すべき旨を勧告したが原告が拒否したので更に同年三月四月五月の各末日にも夫々同様の勧告を繰返し結局任意に退職する意思を有しないことが明かになつたので同年六月二十一日附熊本県教育委員会規則第八号熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び休職規程第一条第三号に所謂教育上必要あるときに該当するものとして一箇月分の俸給を加算支払つた上免職処分を為したものである。

原告は本件免職処分当時公立中学校講師も官吏分限令による身分保障を有していた旨主張するが従前義務教育学校教員中官吏分限令の適用を受けたのは正教員のみで講師がこれに該らないことは関係法令の制定改廃の経過に徴して明かである。即ち従来公立学校教員は明治大正を通じて待遇官吏とせられたが昭和二十一年四月一日勅令第二一三号公立学校官制により先ず中等学校以上の教員が正規の官吏となり引続き同年六月二十一日勅令第三三四号による同官制の改正により小学校の正教員も正規官吏となつたもので其の後同二十二年四月十六日公布せられた地方自治法の施行後も同法附則第八条により従前官吏の身分を有した公立学校教員はなお官吏とする旨が定められたのである。これに反し講師その他義務教育学校の準教員等については従来法律上特段の身分規定は存しなかつたのであるが昭和二十二年三月学校教育法の制定に伴い同年五月二十三日文部省令第一一号学校教育法施行規則第四十九条第五十条第五十五条により先ず新制公立小中学校助教諭につきはじめてその身分規定が設けられ次いで同二十三年十月十五日文部省令第一八号による学校教育法施行規則の改正により公立小中学校講師及び養護助教諭もその規定の対象に加えられ結局これらの者については都道府県教育委員会が進退を行うこと給与及びその支給方法並びにその進退懲戒等に関する規程は都道府県教育委員会がこれを定めることとせられたのである。尤も昭和二十四年一月十二日公布施行された教育公務員特例法は公立学校の常勤の講師助教諭等も従来の正教員と同様地方公務員の身分を有するものとしたのであるが本来これに先立つて施行せらるべき筈の地方公務員法の制定が遅れたためその間の経過措置として教育公務員特例法施行令第九条は講師及び高等学校を除く公立学校助教諭についてはなお従前の例によりその他の教員については当該都道府県の吏員の例によるものと定めたのであるから結局地方公務員法の定める分限懲戒等身分取扱に関する規定が適用せられる迄の間義務教育公立学校において正教員は一貫して官吏分限令による身分保障を与えられたのに反し講師助教諭等については従前通り学校教育法施行規則の定めるところにより身分取扱を受けるものとせられていたものと謂わなければならない。

従つて地方公務員法の身分取扱に関する規定のいまだ適用せられる以前である本件免職処分当時講師の地位にあつた原告の分限につき適用せらるべき法規は右学校教育法施行規則に基き被告委員会の制定した前記熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び休職規程以外に存しないことが明かであるばかりか右懲戒規程が原告主張の如き理由で失効するいわれが無いので被告の為した本件免職処分には何ら原告主張の如き違法は存しない」と述べた。(証拠省略)

理由

原告は昭和二十三年二月二十八日附熊本県知事より熊本市立花陵中学校講師に任用せられたもので同二十六年六月二十一日附被告委員会より教育公務員としての適格を欠くものとの理由により熊本県教育委員会規則第八号熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び休職規程第一条第三号に基きその職を免ずる旨の処分を受けたことは当事者間に争がない。

(一)  原告は講師として任用はせられたが其の後制定された国家公務員法の附則第十条及び嘱託制度の廃止に関する政令の定めるところにより従前有した二級官たる中学校教諭の身分を回復したから原告に対する免職処分は当然官吏分限令に基くことを要する旨主張するが右規定がその主張のように本官任用の資格を有する嘱託講師の身分をその指定期日を以て当然本官に切換えるとの趣旨を含むものとは到底解されないばかりか昭和二十三年四、五、六月分の原告の俸給から恩給基金の性質を有する県納金が控除支給されている事実(甲第一号証の一乃至三)の如きも証人斎藤了(三回)の証言によれば右は原告自身が花陵中学校の経理事務を担当していた期間係員が原告には納付義務のないことを注意したにも拘らず将来恩給を受けるときの便宜のため任意納付する旨主張し強いて自ら納付の手続を為したので係員も後日返還すれば足るものとしてこれを放置したに過ぎず県当局が原告を恩給資格ある正規官吏たる教諭の身分を取得したものとして取扱つたものでないことを認め得るからこれを以て原告が昭和二十三年三月三十一日附二級官吏たる教諭の身分を取得したとの主張の裏付けとなすに足りないことは勿論である。

なお原告は昭和二十四年一月十五日人事院規則八―一第八、九項又は同年六月二日同規則八―九の規定によつても原告は当然昭和二十四年一月一日を以て従前の官職たる二級の教諭に補任されたことになるとも主張するが右は何れも之等の規則に関する原告の誤読か曲解に基くもので同規則自体原告に対し当然にその曽て有した官職を回復せしめる趣旨を含むものとは到底解されないから右主張も亦採用に価しない。

(二)  原告は右主張が認められず本件免職当時原告の身分が講師であつたとしても原告を免職処分に附した準拠法である熊本県教育委員会規則は国家公務員法に牴触するためその効力なきものであり本来原告の身分取扱に関しては旧官吏分限令が適用せらるべきものであるから同令によらずして為された右免職処分は無効であると主張するのに対し被告は公立中学校の講師である原告を免職し得る当時の法規としては右規則以外には存在しないと抗争するので之の点につき判断する。抑々公立小中学校講師は昭和二十三年一月二十八日公立中学校小学校及び幼稚園官制により設けられた義務教育学校としては全く新しい制度で、其の後昭和二十四年一月十二日公布施行された教育公務員特例法第二条第三条により常勤の講師も地方公務員としての身分を有する旨規定せられたのであるがそれ以前においては当初のうち講師にはその身分取扱につき規定した法令の定めは存せず昭和二十三年十月十五日文部省令第一八号による学校教育法施行規則の改正によりさきに学校教育法自体により設けられ同法施行規則により身分取扱の定められていた公立小、中学校の助教諭と同一の扱によるものとしその職責は教諭の職務を補助するにあることその進退は都道府県教育委員会がこれを行いその給与及びその支給方法並びにその進退及び懲戒等に関する規程は都道府県教育委員会がこれを定めることがはじめて規定せられたのであつて其の後前記教育公務員特例法の施行により地方公務員としての身分を取得したものの、本来之に先立つて施行さるべき筈の地方公務員法の制定が後れたため同法に基く分限懲戒等、地方公務員の身分取扱に関する規定が適用される迄の経過措置として教育公務員特例法施行令第九条は公立小中学校の正教員については官吏分限令による身分保障を与へたのに反し講師助教諭等に対しては従前のとおり学校教育法施行規則の定めるところにより身分取扱を為すべきものと規定したのである。

従つて地方公務員法の身分取扱に関する規定の適用されることになつた昭和二十六年八月十三日(地方公務員法附則第一項)以前である本件免職処分当時講師の地位に在つた原告の分限につき適用さるべき法規は右学校教育法施行規則に基き被告委員会の制定した前記熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び休職規程以外に存しないことは明かと言はなければならない。

原告は公立中学校講師は教育公務員特例法により地方公務員としての地位を有すると定められる以前に於て国家公務員法の施行と同時に国家公務員としての身分を取得したものであるから、その免職事由につき規定した被告委員会規則の母法である前記学校教育法施行規則の規定は同法と牴触失効したものでこれに基く被告委員会規則も当然無効であると抗争するので之の点につき検討する。先づ原告が国家公務員法の施行により国家公務員としての身分を取得したものであるか否かと言ふ点についてであるが戦前我国に於ては教育及教育行政は本来国の事務に属するものと考へられ教育制度は文部省所管の下に一元的に統一せられていたもので終戦後発足した所謂六三制新教育制度においても当初はなお公立学校における教育は国が直接行う事務であるとの立前が貫かれ従つて一応その職員は政府職員たるものとして取扱う態度が示されていたものと謂うことができる。

しかしながら同二十三年七月十五日施行せられた教育委員会法は従来一元的な国の統制下にあつた教育の分野においても地方分権の制度を確立し大学を除き地方公共団体の設置する公立学校における教育事務を教育委員会の所管としその所管に属する公立学校の職員は当然当該地方公共団体の職員であるとの原則を定め更に前記教育公務員特例法の施行により公立中小学校の常勤の講師も地方公務員としての身分を有するものとせられるに至つたものであるが国家公務員法は右の教育委員会法並に教育公務員特例法の施行に先立ち同二十三年七月一日施行せられたのであるから単にその施行期日の前後のみを比較すれば公立中学校講師がなお政府職員たる性格を有する期間内に国家公務員法が施行せられ従つて極めて短期間ではあるが同法に所謂一般職の職員として同法の適用を受ける地位を有したものであるかの観がないでもない。

仍て原告が国家公務員の身分を保有していたものとして原告に対する免職処分に関し適用せられた前記熊本県委員会規則が国家公務員法に牴触し無効であるとの原告の主張につき考えて見るに同規則の母法である学校教育法施行規則は国家公務員法の制定施行に先立つ昭和二十二年五月二十三日施行せられ公立小、中学校助教諭の身分取扱につき規定したものであるところ国家公務員法の施行後である昭和二十三年十月十五日同規則の一部改正により其の適用範囲を公立小、中学校の講師及び養護助教諭に拡張し更に其の後教育公務員特例法施行令が助教諭講師等の身分取扱については、なお従前の例によるものと定め右学校教育法施行規則の効力を認めてこれに因らしめていることは前述のとおりで、国家公務員法施行の前後に於てはすでに教育の地方分権制度を実施しこれに伴い公立学校職員の身分を地方公務員に切換えるべきことは夙に予定せられていたものであつて右法律並に規則制定の一連の経過は公立学校職員に関し将来制定せらるべき地方公務員法による身分取扱が適用せられる迄の間は、従来官吏として官吏分限令による身分保障を有した正教員は別として、すでに学校教育法施行規則による身分規定を有する助教諭については経過的になお同規則により又従前何ら身分規定を有しなかつた講師についても同規則の適用を拡張することにより夫々身分取扱を為すべき旨を明かにしたものに外ならず右学校教育法施行規則の規定は国家公務員法の身分規定に対する一種の特則を為すものと謂うことができるから国家公務員法中の身分保障の規定が発効する以前に於ては勿論右規定が発効した後に於ても前記地方公務員法による公立学校教員の身分取扱に関する規定の発効した昭和二十六年八月十三日の前日迄は当然其の効力を有したものと謂うべく同規則が国家公務員法と牴触するものであるとの原告の主張は到底採用することはできない。

(三)  そこで進んで本件免職処分は被告において既往の原告に対する不法の身分取扱が問題化することを懼れ何ら免職処分を受けるような事由が存しないにも拘らず不実の事由を構えて原告を罷免することにより事態の糊塗を図つた違法の処分であるとの原告の主張につき按ずるに、熊本県当局が従前正教員の身分を有した原告を講師として任用したことその後本官としての任用に切換える手続を為さなかつたことが県当局に課せられた義務の違背であるとの点については何らこれを肯定すべき法令上の根拠を見出し得ないばかりでなく、証人竹原正文の証言により成立を認め得る乙第一乃至第七号証に同証人並びに証人斎藤了(二回)の証言を綜合すれば原告が今次終戦により上海より引揚げ帰国した引揚教員として熊本県当局に任用方を申出た際原告は既に五十三歳の高齢であつたため高齢者整理を人事管理上の方針とする県当局にとつては受入れ難いものであつたけれども結局爾来二年間にも及ぶ熱心な就職要求に押され当時事務職員が病気欠勤中であつた熊本市立花陵中学校の講師として任用し当分事務を担当せしめるに決したもので県当局としては謂わば異例の措置であつたこと、然るに原告は性格的に他との協調性に乏しく日頃同僚との間に摩擦を生じがちであつたばかりでなくその後教壇に立つに至り授業態度は生真面目ではあつたけれどもすでに年齢的に戦後教科内容の著しく変化した数学科の担当教師として新しい教科内容に自己の授業方式を適応させることができず年齢の隔絶した生徒の心理の把握も殆ど不可能であつたこと、そのため授業は全く生徒を遊離して殆ど理解せられることなく結果としてその生徒統率並びに学習指導の能力は極めて低いものとなつて居り生徒がその授業を嫌忌することはもとより父兄同僚教師間においても原告の数学を担当する学級の学力低下が憂えられていたことが窺われるのであつて、之の点に関する証人宮川クラの証言並に原告本人の供述は信用できず其の他右認定を左右するに足る証拠はない。かゝる事情はもとより熊本県教育委員会規則熊本県公立学校助教諭等の進退懲戒及び休職規程第一条第三号に所謂教育上免職を必要とする場合に該るものと言い得るから此の点についても亦原告の主張はその理由がない。且つ又原告は原告程の勤務振りで他に免職された者はないから原告に対する免職処分は地方公務員法の規定する平等取扱の原則に違背して無効であると主張するが本来免職処分を受くべき事由の存する以上偶々他にも免職に価する者が在職している事実があるとしても特段の事情がない限り右事実のみを以て地方公務員法第十三条の禁止する差別待遇ということはできないから右主張も亦その理由がない。

果して然らば被告の為した本件免職処分には何ら原告主張のような違法の点は存しないからその無効確認を求める原告の本訴請求を失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 松本敏男 蓑田速夫)

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